最高裁判所第二小法廷 昭和56年(行ツ)21号 判決 1982年4月30日
鳥取県米子市皆生一七二六番地
上告人
東光産業有限会社
右代表者代表取締役
山川忠善
右訴訟代理人弁護士
下田三子夫
下田三千男
鳥取県米子市西町一八番地二
被上告人
米子税務署長
細見真
被上告人
国
右代表者法務大臣
坂田道太
右両名指定代理人
亀田哲
右当事者間の広島高等裁判所松江支部昭和五五年(行コ)第四号法人税更正決定取消等請求事件について、同裁判所が昭和五五年一一月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人下田三子夫、同下田三千男の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難し若しくは原判決の結論に影響を及ぼさない点につきこれを非難するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋進 裁判官 木下忠良 裁判官 監野宜慶 裁判官 宮崎梧一)
(昭和五六年(行ツ)第二一号 上告人 東光産業有限会社)
上告代理人下田三子夫、同下田三千男の上告理由
第一点 岩崎・長田間の売買に関する原判決の判断には、以下のとおり、法令違反および、理由不備ないし理由そごの違法がある。
一 原判決は、上告人から浦川に支払つた手数料が一万五、〇〇〇円であつたと認定しているが、何を根拠に右のように認定されたのか明らかでないのであつて、理由不備である。
被上告人の主張から推察するならば、長岡土木発行の領収証(甲六の二、乙二二の二)の右肩に「一五、〇〇〇浦川」と記載してあり、これが棒線で消されているが、もとの字が読みとれることから、この数字を唯一のたよりに、右認定を行なつたのではないかとも思われる。しかし、原判決には、右の点を認定の根拠にしたのかどうかさえも述べられていないのであつて、その他原判決挙示の証拠のいずれによつても右の認定が導かれる可能性はないので、理由不備である。
二 また、浦川への手数料支出に関する原判決の判断は、次のとおり、立証責任の配分を誤つた法令違反(判例違反)および判断遺脱の違法がある。
1 中国機動は、本件売買対象地上に登記した建物を所有していたのであるから、当然地上権または借地権を有していたのであり、慣習として地上権者は土地の価値の四〇%ないし五〇%に相当する権利を有するものとされている。そして本件土地は時価二、〇〇〇万円以上の価値があることは中国機動の松本にもわかつていたことである(なお、本件における本件土地の売買代金が二、二四四万円であつたこと参照)。
したがつて、右によれば、中国機動を立退かせるためには、本来ならば、八〇〇万円以上支払わなければならないところであつた。
しかし、浦川と松本が友人であつたことから特別に低額の立退料で済む可能性があつたので、上告人は浦川に二五〇万円交付したわけである。この二五〇万円という金額は異例の低額であつて、これ以下の立退料で済むというのであれば、浦川が中国機動に対して支払つた金額との差額は浦川の功労に対する謝金とすればよいという性格のものであつた。
右のような立退交渉を依頼した上告人が受任者の浦川に支払うべき手数料または報酬の算定方法は、次のような方法によることが当然であり、合理的である。
すなわち、本件土地の売買代金額が二、二四四万円であるから、借地権価額を四〇%として、二、二四四万円×〇・四=八九七万円となるところ、浦川の努力によつて実際に中国機動に支払つた立退料額一五万円(この額は上告人は不知であるが、仮りにこれを採用すると)との差額八八二万円(八九七万円-一五万円)が、浦川の手数料または報酬額算定の基礎となる。
右差額に対し、どの程度の率の報酬を与えるのが合理的であるかを考えるに、弁護士報酬規程などは合理的なものとして採用しうるであろう。
そこで、日弁連報酬規程によると、前記八八二万円の経済的利益の成功に対しては、標準報酬額は七六八、〇〇〇円とされている。
2 ところで、上告人は浦川に対し、中国機動立退の件の委任につき、手数料として二五〇万円交付したと主張しているのであり、原判決は、これが一万五千円にすぎなかつたと認定しているのであるが、次の理由により、裁判所としては浦川への手数料および中国機動への立退料として合理的な金額と考えられる金額以下の金額を認定することはできないものと考える。
すなわち、本件においては、手数料および立退料授受の当事者である上告人と浦川の両名ともが、浦川の手数料および中国機動への立退料を含めて二五〇万円の授受があつたことを認めているのであり、しかもその金額が、前記のように格別に高額でなく、逆に低額であるというのであるから、これを必要経費として主張することは妥当であるという事情が認められる以上、第三者である税務当局がそれ以上立ち入つて当事者の関係を壊そうとすることは不当である。このような場合、税務当局は浦川に対して課税すべきであり、それをもつて足るわけである。
また、税金賦課のための所得額算出の際の必要経費の認定については、実際に支出された金額の全部について完壁な証拠を備えることは不可能であることから、証拠がないから必要経費と認めないということはないのであつて、必要経費として相当性、合理性のある金額は当然認めるべきであるとされているのであり、裁判所の認定もそうでなければならない。
判例においても、大阪高裁昭和三一年四月七日判決(昭和二九年(ネ)第一七九号所得税訂正決定取消請求控訴事件、行裁例集七巻四号九〇四頁)その他の判例(最高裁の判例はないが下級審の判例)において、必要経費のいちいちについて明細を掲げて立証することを要するものでなく、合理的な推計方法によることができる旨判示している。これによれば、上告人としても、もともと浦川に対し二五〇万円交付したことを立証する必要はなく、前記のとおり、中国機動に対する適正立退料額が八九七万円であり、浦川への適正手数料が七六万八、〇〇〇円であることを主張しさえすれば足りるものであつたとしなければならない。
しかるところ、上告人は、右金額を大幅に下回る二五〇万円を費用として主張するにとどめているのであるから、税務署、裁判所としては、それ以上に立ち入つて、それ以下の金額を認定しようとすることは右判例の趣旨に違反する。
したがつて、原審が、上告人から浦川に交付された金額は一五、〇〇〇円であつたと認定したことは、証拠がないのに認定した誤りがあるだけでなく、そもそも、右判例の趣旨に違反する認定方法を採つたものであるから、この点について判例遺脱があり、法令違反(判例違反)があるのであり、この誤りは原判決の結論に決定的な影響を及ぼすものであるから、破棄されるべきである。
第二点 前田・広島ガス間の売買に関する原判決の判断には、以下のとおり経験則に違背する法令違反がある。
原判決は、右の売買対象地は前田盛常の所有ではなく、松浦雄治の所有であつたと認定し、上告人がたまたま松浦への借金を返済した金額と、買主広島ガスから受領した金額との差額をもつて上告人の利得となつた旨認定しているが、もし右土地の真実の所有者が松浦であつたならば、松浦はその土地に対し少なくとも仮登記を付していたはずであるのに、そのような仮登記も付されておらず、一〇年以上もの間、所有者でない前田に固定資産税を代弁させ、自分は知らぬ顔で放置してきたもので、他方、たいして裕福でもない前田が、裕福な松浦に代わつて、黙々と固定資産税を支払つてきて、その間一度も松浦に立替金の支払いを請求したことがないという常識では到底考えられないようなことが行なわれたことになる。
また、原判決は、前田が右土地の固定資産税を一〇年以上払つてきたことに対し、松浦は前田に対し謝礼として三万円を渡したと認定するが、松浦は医師であつて、高額所得者であり、社会常識の備わつた社会的地位のある者であるのに、その松浦が右のような常識はずれの行動をするとは到底考えられないところであつて、明らかに経験則に違反した判断であり、結局法令に違反する判断というべきであり、判決の結論に決定的影響を及ぼすものであるから、破棄されるべきである。
第三点 宮崎・広島ガス間の売買に関する原判決の判断は、経験則に違反する法令違反がある。
宮崎らは、上告人から売買代金額一、八八八、四〇〇円を受領し、甲第一一号証を作成しているのであり、乙第一一号証の供述書において、自分達の目の前で甲第一一号証に押捺されたことを認めている。したがつて、当然、領収証に右金額が記載されているのを確認している理である。受領しない金額の領収証に印を押すことを認めるわけがない。
しかるに原判決は、甲第一一号証は「宮崎幸子が山川に印鑑を渡して同人が押捺したもの」と認定しながら「その際、宮崎幸子が領収証(甲第一一号証)の内容を確認したことを認めるに足りる証拠はない」旨、そして結局上告人は宮崎らに対しては一六五万円しか支払つていない旨認定しているが、目の前で領収証を記載すれば相手もそれを見ているというのが経験則の教えるところであつて、それを、原判決のいうように「内容を確認したことを認めるに足りる証拠はなく、」というのは、全く経験則に違反する判断であり、結局、法令に違反する判断であり、判決の結論に決定的影響を及ぼすものであるから、破棄されるべきである。
第四点 斉木・佐藤間の売買に関する原判決の判断には、以下のとおり、経験則に違反する法令違反および理由そごの違法がある。
原判決は、上告人が右売買仲介人にあたり、買主佐藤から代金六五三万一、〇〇〇円を受領したが、売主斉木に対しては六三〇万円を交付したのみで、その差額二三万一、〇〇〇円は自己の利得とした旨認定し、上告人および斉木の右差額二三万一、〇〇〇円は現金で斉木に支払つた旨の供述、証言を排斥したのであるが、その理由として、「代金額の一部のみを現金で支払つた理由および真正な領収証を欠く理由について首肯しうる説明を見出し難いうえ、上告人の供述によると、二三万一、〇〇〇円は、土地を当初は一九八〇平方メートルとして計算していたところ、現実には二〇五〇平方メートルあつたので坪単価一万〇五〇〇円として計算した分であるというが、計算上そごするので」採用しないという。
しかし、斉木は六五三万一、〇〇〇円を上告人から受領したことは認めている。一部のみを現金をもつて支払つたことについては、そのようなことは支払人と受取人においてその場の種々の都合によつていくらでも行なわれることであつて、そのようなささいなことについては何年も経てば人間はその理由を忘れてしまうのであつて、それを明確にしないから疑しいというのは経験則に違反する考え方である。
また、二三万一、〇〇〇円の「計算がそごする」というのは、それこそ計算間違いである。すなわち、
一九八〇m2(六〇〇坪)×一〇、五〇〇円=六三〇万円
二〇五〇m2(六二一・二坪-切上げて六二二坪)×一〇、五〇〇円=六五三万一、〇〇〇円
となるのであつて、その差額は二三万一、〇〇〇円であり、何ら計算上そごするところはない。
右のとおり、原判決には重大な経験則、採証法則の違反があり、これは結局法令違反、理由そごというべきであり、この誤りは原判決の結論に決定的な影響を及ぼすものであるから、破棄されるべきである。
よつて、原判決は、右第一ないし第四点のとおり、全部について破棄事由があるので、全部破棄を免れないものである。
以上